会社の株主を「変えた」と言っていた祖父
相続税を試算するため
お客様から預かった資料を確認しようと、法人税申告書を上から1枚めくったところ
別表2「同族会社等の判定に関する明細書(以降、別表2)」の株主欄には
「祖父・父・長男」3人の名前が記載されていました。
長男さんに「おじい様が全額出資して、設立した会社だと伺いましたが
過去に贈与や譲渡があったのですか?」と尋ねると
「知りません。ただ、10数年前に祖父が
『会社の株主を変えた』と言っていた気がします」とおっしゃいます。
贈与契約書や贈与税の申告書、納付書の控えはないそうです。
そして、3人の保有株式数を合わせても
登記簿謄本に記載された発行済株式総数の3,000株には足りません。
別表2にはすべての株主や保有株式数を記載する必要はないので、問題はありませんが
どうやらおじい様は当時、従業員などにも株主を変えているらしく
それに関する資料も見当たらないとのことでした。
株主名を確認する資料は別表2ではなく「株主名簿」
株主名や保有株式数を正確に把握するには
会社法上、会社に備付の義務がある「株主名簿」で確認する必要があります。
しかし、会社の経理部に確認したところ、株主名簿は作られておらず、真相は闇の中。
そして、すべての経緯を知る祖父は現在重度の認知症です。
果たして祖父が、家族や第三者に自社株を贈与したのか
それとも単なる「名義株」で、実質的にはすべての株が祖父のものなのか、分かりません。
1株あたりの株価は20万円で、祖父名義の1,000株だと全部で2億円なのですが
3,000株のすべてが祖父のものなら、6億円と財産額が3倍になってしまいます。
相続税の試算だけでなく、今後の相続税申告や税務調査にも備えて
あらためて一から確認していくことになりました。
名義株なのか違うのかそれが問題だ。要件は?
実務上、株主と保有株式数の分かる資料が、別表2だけという会社はめずらしくありません。
しかし、相続税の税務調査で名義株について否認され、追徴課税された顧客が
「株主名簿がなくても、税理士なら真の株主を確認する義務があったはず」と
相続税申告を行った税理士に損害賠償を求めた例もあり(東京高裁 平成25年1月24日判決)
誰が本当の株主なのかは、極めて慎重に判断する必要があります。
もし、祖父の会社が会社社法上「株券不発行会社」なら
当事者同士(祖父ともらった人たちの間)では
あげた・もらったという双方の意思さえあれば、書類の保存がなくても贈与は成立します。
一方、贈与の事実を当事者以外の第三者である税務署に主張するには
「株主名簿の名義書換」が法律上は必要です。
※これを「対抗要件(既に、当事者間で成立した法律上や権利上の関係を
当事者以外の第三者に主張するために必要な要件)」といいます。
株主名簿があれば、父や長男が
「この株は祖父からもらったから僕のものだ!」と言える可能性がありますが
なければ、そういった主張が難しくなります。
さらに、平成18年の会社法施行前から存在している会社の場合
そもそも「株券不発行会社」ではなく
旧商法の「株券発行会社」(今の会社法と逆)になっていることが多いです。
この場合、あげる人からもらう人への「株券の引渡し」がないと
第三者への対抗要件を満たしません。
次回のコラムでは、自社株に譲渡制限が付されている場合についてご説明します。